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2005.03.22

個人情報保護法入門 8

3.「個人情報」は本人のものか?
  ――実験的な法律としての個人情報保護法

 私は、機会あるごとに「個人情報保護法は実験的な法律ではないか」ということを、繰り返し言っています。個人情報を保護せよということは、標語的には当たり前のことでわかるのですが、個人情報の概念がここまで茫漠としていますと、実際上は、どこまで守ればいいかわからないということになります。よく市販の解説本などでは、個人情報は本人のものであって、本人の権利でコントロールされるべきもの(自己情報コントロール権)であると書かれています。
 一見当然のことのように思いますが、実は、私はこれにかなり懐疑的な立場にあります。
 個人情報は本人のものであるというのは、これは常識的に受け入れられ易いのですが、これは、ちょっと乱暴に説明しますと、所有権の考え方と同じです。所有権モデルで理解しようという説なのです。
 たとえば、消しゴムを隣の人に貸した場合に、貸した人はそれを返せと言えるわけですが、これは理論的には所有権に基づく返還請求をしているわけです。こんなものはいちいち訴訟に乗せる話しではないのですが、それが、土地であったり、宝石だったりする場合、資産価値が高い場合には訴訟になっていくわけで、最終的には司法が、すなわち国家がそれに対して裁定をしてくれます。それは、法に基づくことで正当化されており、そのルールは主に民法の物権法制が担っています。さて、そのアナロジーで個人情報を捉えることができるのでしょうか?
 私の一番ベーシックな問題意識はそこにあります。
 名刺の交換について考えると、さっき名刺を渡したけども、それは紙を無償で譲渡したにとどまると。でも載っている情報は私の情報だから消去せよとか、お前とは絶交したから、お前の手帳に記録されている私のメールアドレスと電話番号を消しておけ、とかいうようなことがまかり通ることになります。もちろん極論をいっているわけですが、所有権の場合は、消しゴム1個の貸し借りもそれで十分に説明づけられるのです。個人情報は本人のものであるということを基本命題にするならば、つまらない個人情報1個も同様に説明づけられなければなりません。
 さて、個人情報保護法の条文をみてみましょう。条文のどこにも個人情報は本人のものであるということは書いてありません。この法律がうまいなと思ったところは、個人情報は本人のものであるという哲学にのっとらずに、「本人が関与し得る」としたところです。関与という表現はなかなか良くできています。
 当初は個人情報基本法と言われていましたが、基本原則を外したので、基本の文字はとりました。しかし、今後電気通信事業者を規制する“特則”を作る議論があったり、個人信用情報、医療情報についての“特則”を作る議論があったり、そういった特別法を起案するときの指導理念になるべき基本法的性格を残した法律となっています。のちの立法を指導する役割も担っているので、実は自己情報コントロール権を否定するわけにはいかないという事情があるのだろうと思います。例えば、遺伝子情報について自由に扱えるようになるというのは誰も望んでいません。自分の髪の毛を遺伝子解析されて、40ぐらいになったら癌が発病する率が高いということが生命保険会社に伝わってしまったら、加入を拒否されてしまうこともあるかもしれない。またそれがどこかの誰かに知られるようなことがあったら、結婚、就職、昇進に影響を与えるというようなことも起こりえます。そんなことにならないように、遺伝子規制に関しては自己情報コントロール権的な考え方を入れて、遺伝子に関する個人情報については本人のものであると規定して、第三者が持っていたら、それを開示せよ、変更せよ、消去せよと、消しゴムを貸したのと同じように、所有権モデルで本人にコントロールさせる法制を作るべきでしょう。それから、今回の法制のように間接罰ではなく、禁止行為に触れたら直罰にするという強い規制も必要かもしれません。こうした議論をしながら、ある類型の個人情報について必要な手当をしていくことが特別法の役割です。一概に自己情報コントロール権をこの法律で否定してしまうのは、のちの立法政策の自由をいたずらに拘束することになるという意味で、やはり問題があるのかもしれません。
 こうしたことを考えていくと、あえて個人情報は本人のものだということをいわずに、個人情報は本人が関与しうるものだという程度にとどめて、この法律を設計したということは評価できるのではないかと思います。

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Tracked on 2006.11.03 at 01:25

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