湯島聖堂、江戸東京博物館に行ってみる
平成21年1月2日は、湯島聖堂に行って、学問成就のお守りを頂いて参りました。
「徳川五代将軍綱吉は儒学の振興を図るため、元禄3年(1690)湯島の地に聖堂を創建して上野忍岡の林家私邸にあった廟殿と林家の家塾をここに移しまし
た。これが現在の湯島聖堂の始まりです。その後、およそ100年を経た寛政9年(1797)幕府直轄学校として、世に名高い「昌平坂学問所(通称『昌平校』)」を開設しました。」
<http://www.seido.or.jp/temple.html>
孔子様を拝みつつ、昌平坂学問所の様子を思い浮かべてみました。昨年、資料をもらったこともあっていろいろ調べていたら、義母の曾祖父が通っていたことがわかり、新年早々に初詣(?)してみたわけです。
大河ドラマの篤姫を見ていたからでしょうか、幕末から明治にかけて生きていた人間がよりリアルに感じてくるようになりました。また、滅んだ旧体制側からの歴史観から眺めると明治以降の日本のあり方に対する感じ方も多少変わってくるところがあります。
多少の縁がある人物の少しばかりの資料から、徐々に資料が集まり出すと、歴史に埋もれた名もない儒学者の意外な交友関係、師弟関係などが見え始め、その人物像もクリアになってきます。
鯖江、京都、江戸を行き来しながら、何を感じて何をなそうとしたのか、和宮降嫁、公武合体、安政の大獄と日本史上の言葉でしかなかったものが、少し手触り感のあるものにも思えてきます。
さらに、その父、さらにその父とたどるうちに、江戸時代が急速に近づいてきました。
ということで、翌3日は、「江戸東京博物館」に行ってきました。
http://
大江戸線「両国駅」の真上、交通至便です。
今回は、篤姫の乗った駕籠は素通りして、常設展へ。大人600円(当日なら出入り自由) 。
こちらは、はじめてですが、江戸、明治、大正、昭和とタイムスリップした感じが味わえてお奨めです。午後2時前に入場して午後4時半まで館内を歩き続けて、気がつ いたら、へとへとに疲れてしまっていました。天井が高くて、建物のセットもあり、模型もたくさんあって、予想以上に空間が広いのです。現在地がわからなくなってきます。
地味なところでおもしろかったのは、武士の生活。
紀州藩の藩士の日記を元に、ある一ヶ月の行動を江戸市中の地図にマッピングしている資料がありました。休みが多くて、毎日、寺巡りとか、買物とか、寄席見物とか、日々いろいろ広範囲に歩き回っています。
月あたりの内勤が、7日くらい、多い月でも14日くらいです。7月などは0日です。まるで大学教員みたいな勤務実態ではないですか。
考えてみたら、太平の世の藩邸にさしたる仕事などないのでしょうね。そもそもめぐまれた身分でしょうが、結構のどかで平和な暮らしぶりという印象です。
あんどんにレンズをつけて夜に本が読めるように工夫した道具もありました。徹夜しても本を読みたかったのでしょうね。道具からも近代化を支えた人たちの姿が想像できて、興味深かったです。
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